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福岡地方裁判所小倉支部 昭和54年(ワ)1213号 判決 1982年1月27日

原告

中島弘之

被告

林工業株式会社

主文

一  被告は原告に対して一〇八万九、〇五七円およびうち九八万九、〇五七円に対する昭和五四年七月二六日からうち一〇万円に対する昭和五七年一月二八日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告

一  被告は原告に対して一、八七一万〇、五九〇円およびこれに対する昭和五一年四月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

被告

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

請求原因

一  原告は昭和五一年四月一八日午前一〇時三〇分ごろ、普通乗用自動車(以下単に原告車という)を運転して福岡県田川郡大任町大字大行事鷹羽ゴルフ場北側県道を大任町方面から川崎町方面に向け進行中、対向して来た訴外成好立身運転の普通貨物自動車(以下単に被告車という)と正面衝突する事故にあい、肝破裂、顔面挫裂傷等の傷害を負つた。

二  被告は被告車の運行供用者であるから、原告が右事故によつて受けた損害を賠償する責任がある。

三1  原告は右負傷のため即日九州大学医学部付属病院で治療を受けたが、その過程において肝炎を併発し、つぎのように治療期間が長びき後遺症を残すことになつた。

(一) 昭和五一年四月一八日から同年八月一六日まで一二一日間入院

(二) 昭和五一年八月一七日から昭和五四年五月三一日まで実日数四四日間通院

(三) 昭和五四年七月二六日中等度の慢性肝炎が後遺症として固定したものとされ、軽作業にしか就業できないので、自賠責後遺障害等級は顔面の醜状痕も考慮すれば七級が相当である。(ただし現在一一級の認定しかなされていない。)

2  損害はつぎのとおりである。

(一) 治療費 二三〇万三、〇二〇円

(二) 入院雑費 一二万一、〇〇〇円(一日一、〇〇〇円の一二一日分)

(三) 通院交通費 六万六、〇〇〇円(一日一、五〇〇円の四四日分)

(四) 休業損害 一〇二万〇、三三六円(原告は日本鋳鍛鋼株式会社に勤務し、一日当り二、九三二円の収入が、あつたところ、昭和五一年四月一九日から昭和五二年三月三一日まで三四八日間休業した。)

(五) 昭和五一年度の賞与の減額による損害 六万七、〇〇〇円

(六) 逸失利益

(1) 現在勤務している日本鋳鍛鋼株式会社における損害三八二万六、一七〇円

(長期の休業や復職後軽作業にしか就業できないことが理由で、事故にあわなかつた場合に比し一ケ月一万六、三〇六円の減収になり、これが五五歳の定年まで三四年間継続する。

計算式は16,306×12×19,554=3,826,170)

(2) 右定年退職後六七歳までの損害五三二万七、〇六四円

(昭和五二年の五五歳の男子の平均賃金は年間二八三万九、一〇〇円であり、原告の労働能力喪失率は五六パーセントである。

計算式は(2,839,100×0.56×9,215×0.3636=5,327,064)

(七) 慰謝料

(1) 傷害分 一五〇万円

(2) 後遺症分 六二七万円

(八) 弁護士費用 一五〇万円

以上合計二、二〇〇万〇、五九〇円

四  原告は自賠責保険金三二四万円を受領し、被告から五万円を受領した。

五  そこで右残額一、八七一万〇、五九〇円およびこれに対する事故の日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

答弁

一  請求原因一は認める。

二  同二のうち被告が被告車の運行供用者であつたことは認めるがその余は争う。

三  同三は争う。

四  同四は認める。

抗弁

一  本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものである。すなはち、本件事故現場は原告車の進行方向からすれば左カーブの道路であるが、原告は免許取得後僅か三ケ月で運転技術が未熟であつた上原告車を時速六〇キロを超える高速で運転していたため、カーブをまわることができず、原告車がセンターラインをはみ出したため正常な運転をしていた被告車に衝突したものである。

そして被告車には構造上の欠陥も機能上の障害はなかつたので自賠法三条但書により免責される。

二  仮に被告車を運転していた訴外成好立身に何らかの過失があるとしても、原告の前記過失は大きく、少なくとも八〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

三  本件事故は昭和五一年四月一八日発生しているところ、本訴の提起された昭和五四年一二月七日まで三年以上経過しているので、原告主張の後遺症による損害を除く損害賠償請求権は時効により消滅している。

抗弁に対する答弁

一  抗弁はすべて争う。

二  本件事故は原告車ではなく、被告車こそセンターラインをはみ出したため発生したものである。

被告車進行方向からすれば衝突地点の約二〇メートル手前に被告車の走行方向に向いて駐車している自動車があり、しかもその自動車の右側に立つて自動車内にいた者と立話しをしていた者があつたので、被告車はセンターラインをはみ出して右自動車の右側を通過し、未だセンターラインの左側に戻り切らないうちに本件衝突事故が発生したものであり、原告には何らの過失はない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一の事実および被告が事故を起した被告車の運行供用者であつたことは何れも当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証、乙第二号証の一ないし五、第三号証の一、二に証人後藤静児、同清水孝雄、同加藤敏夫、同本嶋健、同太田満、同中野又雄、同成好立身の証言および検証の結果を総合するとつぎの事実を認めることができる。

1  本件事故現場は川崎方面から安永方面に通ずる幅員約七メートルのセンターラインのあるほぼ東西に走る舗装道路であり、事故地点から川崎方面へはほぼ直線で、安永方面へは相当急な右カーブになつていて何れの方向からも見通し不良である。なお、事故地点から川崎方面へ向け約三〇メートルの位置は北(伊加利方面)に通ずる道路との三叉交差点になつている。

2  原告は友人の清水孝雄の運転する原告車に同乗して伊加利方面から右交差点にさしかかつたが、丁度そのころ川崎方面から安永方面に向う乗用自動車を運転して右交差点を通過しようとした太田某と清水の眼が合い、両者が旧知の間柄であつたことから、右太田が右交差点を過ぎた地点の道路左端に自動車を駐車し、清水も交差点を左折してそのすぐの後に原告車を駐車させ、原告車を降りて運転席に坐つたままの太田の傍に行つて立話をしていた。

ところが、免許をとつて三ケ月しかならず、自動車を運転したい衝動を抑え切れなかつた原告は、その間に原告車を運転して安永方面に向い、やがて出発地点に向け反転し、前記カーブ(原告車の進行方向からすれば左カーブ)にさしかかつた。

そして、前記カーブは相当急で見通しが悪いのであるから、減速しなければならないのに、原告は六〇キロを超える高速で原告車を運転して右カーブを進行し、衝突地点までは辛じてセンターライン内を進行できたものの、対向車線に向つて斜めに進行した(したがつて本件事故がなければ原告車はセンターラインをはみ出したものと推測される。)ため、対向して来る被告車を発見したものの、運転未熟なため、ブレーキをかけ、ハンドル操作をする等の適切な対応措置をとることができないまま、自車右前部が被告車の左側中央部に約四五度の角度で衝突した。

3  他方訴外成好立身は約三・五トンのタイヤローラーを積載した被告車を運転して川崎方面から安永方面へ向けて約四〇キロの速度で進行し、前記駐車していた太田某の自動車の手前にさしかかつたが、前方が右カーブで見通しが良くなく、対向して来る自動車も見当らなかつたので、そのまま前記太田の自動車の右側を通過したが、同所は片側三・五メートルの幅員しかなかつたため、センターラインを大きくはみ出し、やがて自車線に戻りかけたが、前方の注視を怠つていたため、自車に向つて突込んで来るように見えた原告車を直近で発見し、直ちにブレーキを踏んだが間に合わず、未だ被告車が自車線に戻りきれず、車体の大半が対向車線に残つているときに、自車右中央部付近に原告車の右前部が前記角度で突込み、両車はかみ合つたまま被告車の進行方向に約一四・四メートル進行してようやく停車した。

右認定に反する乙第一号証の一、二の記載および証人中野又雄、成好立身の証言は採用できない。

三  以上の認定に徴すれば、訴外成好が駐車していた自動車の手前まで進んだとき対向車を認めなかつたのであるからセンターラインをはみ出しながら駐車自動車の右方を通過しかかつたのは致し方のないところであるが、進路前方が見通の悪いカーブであつたのであるから充分前方を注視し、対向車を認めたときには早急に自車線に戻るべきであるのに、前方注視を怠り漫然運転を続けたため、未だ自車車体の大半が対向車線上にある状態で本件事故が発生したものであつて、過失の責を免れることはできない。

したがつて同訴外人に過失がないことを前提とする被告の免責の抗弁は理由がない。

四  他方原告車の進行方向からみれば、見通しの悪い左カーブを進行していたものであるから、原告が充分減速して進行していれば、仮令被告車がセンターラインを超えたとしても自車線に戻る途中であつたものであるから、本件事故は容易に回避可能であつたのに、時速六〇キロを超える高速で原告車を運転し対向車線にはみ出すような角度で進行させた過失(被告車がセンターラインを超えていなくても衝突は避けられなかつたものと推測される)は大であつて、訴外成好との過失割合は五〇対五〇とみるのが相当である。

五  成立に争いのない甲第三、第四号証の各一、二、第五号証、第一一号証の一、二、第一二、第一三号証を総合すると、原告は右事故により肝破裂、頭部外傷、右鎖骨々折、顔面挫裂傷等の傷害を負い、事故当日から九州大学医学部付属病院で治療を受けたが、輸血が原因と思われる肝炎を併発し、それが慢性化して治癒の見込みが立たず、昭和五四年七月二六日症状固定と診断された。

六  ところで本件事故は前記のとおり昭和五一年四月一八日に発生し、本訴はこれから三年以上経過した昭和五四年一二月七日に提起されたことが記録上明らかであり、証人中野又雄の証言によれば事故発生の事実は直ちに警察に報告され直ちに捜査が開始されたものであるから、原告は他の特段の事由がない限り、その主張する損害中通常予測し得るもの、すなわち治療費、入院雑費、通院交通費、休業損害(賃金および賞与)、受傷そのものによる慰謝料損害ならびに加害者は事故発生のとき知つたものというべきであるから、この時をもつて消滅時効の起算点とすべく、そうすると右に関する賠償請求権は時効によつて消滅したものであつて、被告の右に関する抗弁は右の限度で正当である。

しかしながら原告の主張する後遺症(慢性肝炎)は治療期間中発生したものと認められること前記のとおりである上、他に特段の事情のない限り本件事故と相当因果関係を認むべく、右後遺症については事故発生当時原告には予測不可能であつたというべく、前認定の症状固定と診断された昭和五四年七月二六日をもつて消滅時効の起算点とすべきものである。

七  そこで後遺症と診断された慢性肝炎による損害額につき検討する。

1  停年までの逸失利益

前掲甲第四号証の二、証人高浪修の証言および同証言から成立の認められる甲第八号証、第一五号証を総合すると、原告は日本鋳鍛鋼株式会社に旋盤工として勤務していたこと、症状固定時二三歳であつたこと、後遺症のため軽作業にしか就労できないという医師の助言にしたがつて、工具係に職種が変更され、基本給や三交替手当等が支給されなくなり、このため同年入社、同学歴の者との間に一ケ月一万八二九〇円の賃金差が生じていること、右会社の停年は五七歳であることが認められる。

そこで右事実を基礎として原告の停年までの逸失利益をライプニツツ方式で計算するとつぎの算式により三五五万三、八二〇円になる。

18,290×12×16.192=3,553,820

2  停年後の逸失利益

原告は後遺症は後遺障害等級表七級が相当で労働能力喪失率は五七パーセントであると主張する。そしてそれは外貌に醜状痕が残つていることも前提としているところ、成立に争いのない甲一一号証の二によれば顔面の瘢痕は目立つ程のものでないことが明らかである。また、肝炎の点についても、原告が現在医師の忠告によつて軽作業にしか従事していないことは前認定のとおりであるが、成立に争いのない甲第一一号証の一によれば原告は自賠責では一一級一一号と認定されていること、前掲甲第八号証によれば原告の現在の減収率は二〇パーセント未満に過ぎないことなどの事実を総合すれば、原告の後遺症による労働能力喪失率は二〇パーセント(後遺障害等級表一一級相当)と認めるのが相当である。

そして昭和五四年賃金センサスによれば高卒男子の六〇歳から六四歳までの平均賃金は二七三万五、七〇〇円であるから、これを基礎として原告の停年後六七歳までの逸失利益をライプニツツ方式で計算すると八〇万四、二九五円になる。

2,735,700×0.2×(17.662-16.192)=804,295

3  後遺症による慰謝料は二二〇万円を相当と認める。

4  以下合計すれば六五五万八、一一五円となるところ前記認定の過失割合により過失相殺すれば三二七万九、〇五七円になる。

八  原告が後遺症による自賠保険金二二四万円および被告から五万円を受領したことは当事者間に争いがなく、これを控除すると残額は九八万九、〇五七円になる。

九  弁護士費用は一〇万円を相当とする。

一〇  そうすると本訴請求中一〇八万九、〇五七円およびうち弁護士費用を除く九八万九、〇五七円に対する後遺症の症状固定時である昭和五四年七月二六日から、弁護士費用一〇万円に対する本判決云渡しの翌日である昭和五七年一月二八日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべく、民訴法九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 諸江田鶴雄)

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